──… * * * …──
十年もの長い期間、瓶が破損しなかったのは奇跡に近いのかもしれない。
汚れて曇った瓶を拾い上げると、当時よりずいぶんと小さく感じられた。震える手で組紐を取り出してみてセレシアスは二度驚く。エリッサの手首はこんなにも細かったのだ。
これほど華奢な腕で、長生種の彼女が幼子を抱えて人間社会をさすらうことが如何ほどの辛苦であるか、想像に余りある。
ひとつところに定住しようとしなかった彼女の胸中に、しばし思いを馳せる。
十年。
彼女の手を離した瞬間を、今でも克明に覚えている。
傍にいたいと望みながら、もぎ離すようにして背を向けた。ようやく探し当てたエリッサの生まれ故郷、樹海の奥深い里でのことだった。
本当に度し難い。エリッサのことを思うと未だにやり切れない。その感情が自分の軸になっていると言っても過言ではないだろう。
ただひたすらに彼女が慕わしく、離れなければならなかったことを悲しんで生きてきた。たった独りで手の届かない場所へ行ってしまった彼女が恨めしく、何の手立ても講じられずにそうさせてしまった自分を責めながら日々をやり過ごしてきた。
(エリッサ……)
掌に乗せた組紐は色褪せることなく鮮やかで、存在感のある美しさを保っている。混血ゆえに排斥されがちなセレシアスの安全を願ったエリッサの切実な気持ちが、当時のままその編み目からにじみ出るような錯覚を受けるほどだった。
じっと見つめるうちに、脳裏に様々な記憶が去来する。
何よりも大事だったエリッサの手を離して、きっと生きてはいけないだろうと思った。生きたいとも思えなかった。
実際、リュミレス樹海から西部に流れ着いた頃には、自分の生き死にについて考えることすらなくなっていた。蝋燭の炎が吹き消されるように、いつ死んでしまってもおかしくない状態だったのである。
なのに今、こうして清潔な衣服を着て、健康な身体で旅をしている。
北の樹海を目指す旅。あのとき手を繋いで歩いた道を、いま一人で再び歩んでいるのがたまらなく不思議だった。人生何が起こるか分からないものだとつくづく思う。十年前にはまったく予想できなかった自分の姿がここにあるのだから。
朽ち果てるはずだった手足はあれからずいぶんと伸び、力もついた。
もう自分は幼い子どもではない。
──だから、やっと会いに行ける──
エリッサのことを考えると胸が締めつけられて仕方なくて、その傷に触れることを恐れ、ずっと心を凍らせてきたけれど。
先程のように、ふとした拍子に舞い戻ってくる鋭い痛みに苛まれ、まだまだ上手く乗り越えることなどできそうにないけれども。
でも、今の自分ならば。